奇跡のおじさん
20111228_9999_1.JPG

2012年最初の写真は、工事現場のおじさんとの記念写真。
ではありません。

ここは宮城県の東松島市。
昨年の5月、初めて被災地を訪れたときに、
以前お世話になった海辺のペンションが気になって現地を見に行きました。
この地域も他の沿岸部と同様、津波の被害が甚大で、
かつて訪れた町並みは跡形も無くとても衝撃を受けました。

あれから数ヶ月時間が経ち、初めて家族を被災地へ連れてきました。
今回は、お正月に北海道へ行く途中、立ち寄る形で被災地を見て行こうということで、
朝早く出発し、以前家族でお世話になったこのペンションの跡地を見に来ました。

全く何にもありません。住宅の基礎のコンクリートがここに建物があったことを物語るのですが、現在は人の気配が全く無い荒野と化していました。

名前も判らない、このペンションのオーナーさんの消息が気になっていました。
オーナーさんは、早く着いた私たちを連れて高台の松島湾が一望出来るスポットへ案内してくれたり、牡蠣を死ぬほど食べたいという私たちの要望を聞いて、
本当に美味しい地元の牡蠣づくしの料理を作ってくれたりと、
とても個性的で、思い出深いおじさんでした。
(そして私の箸の持ち方をそれではいかん!と一生懸命矯正してくれようとしました。)

旅先で、度々こういった人のおせっかい(!?)に遭遇します。
しかしそのおせっかいが、人間的なつながりの証でもあり、
それを楽しめるような年齢にもなってきました。
かつて、たった一日訪れただけのこの場所に、
強烈な思い出を楔の様に刻むこととなりました。

しかしこの風景を目前にして、一体どうすればいいのか?
手を合わせていいのか?今はただどこかで生き延びてくれることを祈るだけなのか・・・。

なんて考えている間もなく、大型ダンプカーがゆっくりと私たちの前で止まり、
見たことのあるおじさんが、ヘルメットをかぶって微笑みかけているではないですか。

おじさん。なんで?今ここに???
それ以前に、無事だったのね・・・!

20111228_9999_5.JPG

そこからは、おしゃべり好きなおじさん、うれしそうに震災について語り出す。
その日は買い出しで石巻で地震に遭遇したこと。
チリ地震を経験しているので、すぐに山の上に避難したこと。
そして山の上から津波を見ていたこと。
そんなときにも逆に山から降りて行く車がたくさんいて、あれはみんな助からなかったのでは・・。と言う話。
それからは、全く情報がない状態で数日間孤立していた話。
おじさんのペンションの地区は13mの津波が来たと言われ、(下の写真の)松の木の先端の高さまで津波が来たという話。
おじさんは、仙台で県が借り入れた住宅で暮らしているという話。
仙台でがれきの運搬の仕事について、結局また東松島市の現場に来ている話。


20111228_9999_7.JPG

大変だったろうに・・・。爽やかに微笑むおじさん。
生きていてよかった。
おじさん自身は生き残ったことが奇跡だったとは言わなかった。
俺はチリ地震を知っているから津波も知っている。
だから平気だった。とあたりまえの様に語る。
だけど、どう考えたって奇跡だろう。
この地区だけでも数百人が命を落としている。

震災の日おじさんが、石巻に行っていた理由は
翌日予約が入っていた、子供会の団体を迎える準備のためだった。
それだけが、翌日で本当に良かった。と言っていた。
おじさん。


20111228_9999_10.JPG

たった10分程度の滞在予定の私たちと、仙台から、今日たまたま近くの現場で
通りかかったおじさんが、ここで遭遇する確率って一体どれくらいだろうか?

そんなことを考えると、
これは奇跡ではなく、必然なんだと思いたくなる。
きっと、この世に奇跡なんかは無いのだろう。

今、自分がここにいることにも必ず意味がある。
そして、それを知ったこと自体に価値がある。
おじさん。ありがとう。

今年の終わりに。
今年の最後の2ヶ月はあまりブログを書く時間がなく、
記事の投稿がおろそかになってしまいました。

あと1時間もしないうちに2011年が終わります。
今年はいろんなことがありました。
劇的に変わってしまったこと。
変わらなくてはいけないこと。

コルコバードでも
7年半連れ添った(!?)チーフデザイナーのガッキーが今年一杯で退職し
新しいスタッフの募集も始まりました。

コルコバードの仕事の傾向としても、
変わって行くんだろうなという予感があります。
また、変えなくてはいけないなという使命感もあります。

だけど、自分たちは、本当に誰かや何かに支えられて
今の私たちの形があるのだと実感しています。
支え合って、支えられて、そんな風に私たちは生きているのだと、
私たちを支えている物は何か?
そして、私たちが支えることが出来ることは何か?
色々なきっかけの中、
それを、きちんと知って、はじめて向き合って、
そんなことがスタートした一年だったような気がします。

そんな風に、コルコバードはこれからも皆さんに支えられながら、
私たちが支えることの出来ることが何かを見つけて
実行して行きたいと思います。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

(紅白を見ながら・・・明日へ続く)

だいじょうぶマイフレンド
20111117_9999_67_910.jpg

まぶしい!久しぶりに日の目を見た・・・!?
そう言えば1ヶ月もブログを書いていない。
なぜなら最近、連続で社運をかけたプレゼンや企画書が5つくらい押し寄せて来た。
押し寄せて来たというのは、我々受託がメインの会社の宿命で
でもそれも慣れれば、一つ一つが波乗りの様に愛おしく楽しい。
さて、これらがみんな実現すれば3年は遊んで暮らせる・・・。なわけはありません。
3年はひたすら仕事仕事仕事に揉まれる!?そんな中長期的な変革の可能性を示唆するようなプレゼンが続きましたので非常に神経が疲れました。
そして数年ぶりに自律神経が弱まってしまった。
自律神経が弱まるとどうなるかと言えば、自分の運転する車で酔ってしまう。
華麗な運転にではなくて、車酔いね。
齢でしょうか?いいえ、齢だ齢だと言うのはもう辞めにします。
来年は10歳若返りイメージ大作戦を決行したい。

例えば、もしも今の私が33歳だったら・・・?
けっこうやるじゃん!って思える43歳の冬です。

もう一つ緊張を強いたことと言えば、自動車学校へ通っていること。
大型二輪の運転免許を取りに通っています。
これがまた心身共に大変。主に体力的にだけど、コースを覚えるのも大変。
記憶力無さすぎ。

でも、昔のイメージとは恐ろしい。43歳なのに年下の教官にビビってしまう。
高校生の様に叱られて、笑顔でその場をごまかそうとしてしまう。
成長無さすぎ。

20111117_9999_58_910.jpg

さて本題。
先月、小田原漁港の一風変わった「セリ」を見学してきました。
朝6時集合です。
魚屋のおじさんたち、密着しながら何してるのかと思えば・・・

20111117_9999_15_910.jpg

乗っかっている。

20111117_9999_13_910.jpg

みんなで乗っかっている。
魚の上に乗っかっている。

20111117_9999_45_910.jpg

大きな魚にも乗っかっている。

20111117_9999_118_910.jpg

それでもだいじょうぶマイフレンド。
僕らは友達。朝6時のマイフレンド。
素敵でした。
こんなおじさんになりたい。


知らないけど好きな人
20111026_9999_77_910.jpg

知らないけど好きな人。
堤防に座っていた。

20111026_9999_87_910.jpg

髪が風になびく。知らないけど好きな人。
僕の知らない人と、電話で話している。
それは知らない人が好きな知らない人?

20111026_9999_126_910.jpg

そんな知らない人にも光が射すようにと、私は願う。
知らない人が幸せになります様に。

暗い海に願う。遠い光に願う。
知らない人ばっかり写真を撮っても怒られません様に。

20111026_9999_108_910.jpg

そんな私の想いとはうらはらに、
潮は渦を巻き、夕日が水面を染める。

20111026_9999_148_910.jpg

そしたら、最後に夕日は私に一筋の光をくれた。
知らない人を好きになってもいいですか?
だけど、どうか知らない人のままでいてください。

それから一瞬でその光は消えた。
そして間もなく夕闇が私を包んで行った。

僕とアッキーナと夕日のお家
20111113_9999_46_910.jpg

家の中にお家がある。
今日行ったのはアッキーナがインテリアを設計したお家。ではなくて「家」。

20111113_9999_11_910.jpg

葉山の海岸から高台へ。

20111113_9999_18_910.jpg

小さな住宅街を登って行くと、眼下には海に沈む夕日が。
そして邪魔な車は私のデリカD:5。

20111113_9999_22_910.jpg

今日、関係者でもない私は
アッキーナがインテリアを設計して、リフォームした伊藤さんのお宅にお邪魔して
コーヒーとケーキをごちそうになった。

ここは伊藤さんのお宅のバルコニー。
夕日が染める河岸線を眺めながら、ああこんな場所に住んでみたい。
ため息の出るロケーションです。

20111113_9999_62_910.jpg

そんな夕日を眺めているアッキーナと伊藤さんの奥さん。
そうそうここは普通に伊藤さんのお宅のリビング。
部屋の中まで、夕日の染まっています。

20111113_9999_43_910.jpg

アッキーナの特徴は、曲線を使ったデザインと細部へのこだわり。
(写真では伝えきれないほどの細かい造形。例えばキッチンカウンターの天板の角のR)
同じ形をした壁や柱がありません。

20111113_9999_37_910.jpg

そして見たことも無いような漆喰のグラデーションのカラー。
手前に来るにしたがって、イエローからオレンジに変化しています。

20111113_9999_29_910.jpg

そのグラデーションや、壁や柱の造形によるグラデーションが
照明や外光に照らされさらに複雑な色彩となり、影となります。

伊藤さんのお話によると、住み始めてからどんどんいろんな発見があると言います。

デザインとは完成された世界観を提供するだけではなくて、
後からどれだけの深みや奥行きを提供できる余地を設定できるか?

光や影や匂いや気配まで、そこに住む人の生活感と相まって、
熟成された空間を提供することができるか?

アッキーナのデザインにはそんな理屈ではない
時間軸を内包した深みがある。
そんな風に感じました。

さてアッキーナって誰?かと言えば
建築家の岩橋亜季菜さん。私の10年来のお姉さん。
ずっとドイツにいて、今は日本のシュタイナー建築の第一人者。
昨年は講演会が年100回。ということで、忙しすぎて全く会えなかったけど、
今年はぼちぼち会ってもらえます。

そんな有名人でも、僕にとってはアッキーナ。
今日は僕とアッキーナと夕日のお家へ訪問でした。


海辺の三角形
20111101_9999_27_910.jpg

三日月。見える?

20111101_9999_37_910.jpg

海辺の三角形。
月と写真を撮る人と烏帽子岩。
見える?

20111101_9999_4_910.jpg

写真を撮る人が撮っていたのはこんな景色。
日の入り直後は空が一瞬燃え上がる。

冬の大三角形はまだ見えないけれど、
富士さんもやはり三角形。


砂浜の学校
20111002_9999_33_910.jpg

砂浜で無邪気に砂と戯れる少女達。

20111002_9999_60_910.jpg

戯れる波もなく。待ち続ける由比ケ浜のサーファー達。

20111002_9999_43_910.jpg

堂々と二人で写真を撮っている写真家とモデルさん。
友人?恋人?微妙な関係?

20111002_9999_64_910.jpg

お父さんは、息子に何かを伝えようとしている。
例えば波打ち際の砂を深く掘り進んで行くと何かが出てくるぞ。とか。

20111002_9999_37_910.jpg

日曜の昼下がりに海に来てみたものの・・・。といったカップルやカップルやカップル。

20111002_9999_57_910.jpg

やカップル?

20111002_9999_50_910.jpg

いい距離のカップル。「あなた何を探しているの?」

20111002_9999_36_910.jpg

少女達は、砂と戯れているだけではなくて、超大作の創作活動のまっただ中でありました。

20111002_9999_39.JPG

cat
かわいい。

20111002_9999_38.JPG

こっちのcatは
なんだかこわい。

20111002_9999_40_910.jpg

ごめんね。全然釣れなかったよ。

いいえ、そんなにいじけなくたっていいんですよ。
怖くても怒っているわけではありません。

20111002_9999_34_910.jpg

なぜならここは学校ですから。
砂浜はみんながいっしょに学ぶ教室です。

10月14日に月を見ながら眠った
R0012053.jpg

10月14日は満月だった。
そこで、くるりとふとんを回転させて、
いつもは足を向けている窓辺に枕をおいて、
カーテンを開いたままで、窓から満月の夜空を見上げながら眠ってみることにした。

こんな感じに。

月は眩しくて、
だけど何だか神聖な気持ちで眠りについた。

こんなふうに月光を満喫しながら・・・
と言いたいとこでしたが、
恐ろしく寝付きの早いのが自慢の私は、この写真を撮ったあと
おそらく10秒後には熟睡して、気がついたら朝だった。
ああ、月夜は儚い。

「儚い」とは人の夢と書くんだな。
だけど、その日は夢を見る間もなく熟睡して
翌朝、パッチリ目が覚めた。

まあ、それならそれでも良い。
こんな月光に照らされて、
いつもの北枕じゃなかったし。

海を見ていた午後
R0011948.jpg

ちょっとした所に、全く違う世界がある。
このバスケットボールのフェンスの向こうはアメリカ。

いやいや本当に治外法権。アメリカ軍の施設。
ダイナミックな建物は、昔の競馬場の観客席の跡。
日本の競馬の発祥地。
根岸の森林公園に読書に行った。読書の秋ですから。

R0011926.jpg

秋は心なしかセンチメンタルなんです。
そんな気持ちで、ここで24年前、私は読書をしました。
発売されたばっかりの「ノルウェーの森」の上巻を
前日バイト先で読んだあと、
続きは森で読もうと思って。この森林公園に来ました。
そしてここの木陰で「ノルウェーの森」の下巻を読みました。

そのときの自分には、この作品ちょっと甘過ぎたシロップで頭が痛くなるような。
だけど、空と緑と秋の涼しい風がやけにリアルで。
ああ、自分はこれだなって感じたのを覚えている。

R0011922.jpg

帰り道、山手のドルフィンを横目で見ながら
根岸の山の手を下って行く。

工場地帯と遠くの海を横切るタンカー
ああ、俺の感性ってユーミンと一緒?って、
ユーミンに感化されてるだけじゃん。

でも、あの時も私が唯一リアルに感じたのは、
誰もいない、山の手の昼下がりの、
遠くのサイレンと、工場地帯の低いうねり。

自分の存在がちっぽけとかそんなんじゃなく、
自分の存在とかそんなものはどうでもいいんだなって、
そんな風に感じて救われたあの感覚は何だったのか?

そして、この前の週末、それを明らかに思い出した。
あの感覚。
そろそろきちんと説明できなきゃな!って思う反面。
それももうどうでもいい事なのかな?
とも思う。


知らない人の思い出
R0011747.jpg

ああ、秋風が吹いて来た。
夏の思い出。思い出さなければ忘れてしまう。

もうすでに忘れてしまった、山の山頂の名前。
エメラルドグリーンの池があった。

覚えているのはうちのかみさんが、知らない人の記念写真を撮っていたこと。

R0011751.jpg

よっぽどうれしいのか?
山に登ると犬はいつも笑っている。

R0011767.jpg

我が家には知らない人の写真が残っている。

R0011779.jpg

かみさんやっぱり、知らない人の記念写真を撮っている。