ライブイン茅ヶ崎
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こんなことを言うと語弊があるかもしれませんが、
私は「自由気ままで楽しい事」が好きである。
と、何でまたここで宣言するかというと、

私は「自由気ままで楽しい」事が好きであるから、20年前にデザイナーへの道を選んだ。
そのことが職業に活かされる数少ない職種だと思ったからである。
でもそもそも、なんで社会人になる事が「自由気ままで楽しい」事との決別でなければいけないのか?と考えてきました。

そんな考えの元、20代の頃は自分の主張や、自分の表現したい世界のことばかり考えてきました。自分の喜怒哀楽をさらけ出し、力づくのアートワークで周りをねじ伏せて、そして考えてみると・・・後々に何か残った物はあったのだろうか?
実際いまはそのときに培った物や関係性は何も残っていない。

そう薄々、何かを感じ始めていた20代最後の頃、私は会社を辞めて故郷の藤沢市へ帰って来た。当時は仕事もあまり無く生まれたばかりの息子といっしょに毎日を過ごした。
鵠沼海岸で小さなオフィスを立ち上げた。
そこが私の「ライブイン鵠沼海岸」の始まりである。

それから15年近く経ち、最近になってようやくわかり始めた事がある。
昔、私の考えていた「デザイン」が「関わり」そのものであると。
そう考えると「関わり」の中で、力づくのアートワークは単なる独りよがりでしかなく
一過性であった事も納得出来る。

先日、第一回茅ヶ崎映画祭のオープニングとして茅ヶ崎濱田屋キッチンで行われた、
故森田芳光監督の幻の8mm作品「ライブイン茅ヶ崎」を見た。
この映画はひとことで言うと「自由気ままで楽しい」。

この作品は監督が劇場作品デビューのきっかけとなる作品で、その後の森田ワールドを語る上でとても重要な作品である。と言う噂だけは聞いていたが
数年に一度、どこかでひっそりと上映されるだけのこの作品を未だ見る機会が無かった。

この映画は森田芳光監督が自主制作で母方の故郷である茅ヶ崎を舞台に、(実際に)茅ヶ崎に住むいとこと妹と、ともだちを(そして実際の出演者でもある)たくさんの音楽とともに(当時のディスクジョッキーのように)その日常を描いた映画である。

この映画の撮影、演出、脚本、音声どれをとっても斬新で衝撃である。
見る者のことなど一切介せず、自由気ままでわがままである。

当時、ユーミンや片岡義男が絶賛したといういきさつで
素人の出演者も、茅ヶ崎というロケーションも
森田芳光監督の圧倒的な才能により集約された単なるモチーフであり
映画自体もどこか突き放したクールなものなのだろうか?
と想像していたが違った。

難解だけど楽しい。そもそも理解するための映画ではない。
そしてここで描かれている「かけがえのない物」こそがこの映画の本質である。

監督は(毎年夏休中祖母の家に居たという)茅ヶ崎や、そこに住んでいる「いとこ」との「関わり」の中でこの映画を作り上げた。
「関わり」と言ってしまえば簡単だが、それは深い深い「愛」と「まなざし」である。

トークショーで森田監督の奥様である映画プロデューサー三沢和子さんが、当時の撮影について語る。(監督自分でカメラを廻し、彼女がアシスタントをしたそうだ)
この日、当時の出演者達も登場し(みんな今も茅ヶ崎で生活をしている!)彼との撮影の思い出について語ってくれた。お金がなくなるとみんなでパチンコ屋に行きお金を稼ぎ、ダイクマに行って8mmフィルムを買った話など。
監督はいつでも意味不明の演出や意味不明のセリフをいとこ達にしゃべらせる。(そもそも出演させる・・・)だけど、みんなが楽しい思い出としてその事を語る。

35年前のゴールデンウィークの5日間で撮ったというこの作品。
撮影期間が本当にゴールデンに輝いて見える。

「ライブイン茅ヶ崎」

やっぱり「自由気ままで楽しく」ありたいと思う。
輝く関係性に恵まれて自分の事よりも大事な事を、
先ずちょっとだけ考えられるようになったかもしれない。
みんなで作ると楽しいし、大切なものが出来上がる。
みんなの「好き」が満ちあふれた、そんな物を作りたい。

それが私の「ライブイン鵠沼海岸」。

絶賛上映中。